「チョウチョさんのお話」

星の楽士になれなかった人

「チョウチョさんのお話」

夜空の星の一つ一つには楽士がいて、毎夜音楽を奏でているのです。

いつか昔に、神さまがお決めになったことですが数え切れない楽士たちのその内の一人になれなかった者がおりました。

ある村の奥の方の切り立った山の麓に浅い洞窟があって、人の手で中が祠(ほこら)にされていました。

そこには、不思議な人が住んでいました。

その人に名前はなく、男でも女でもなく子供の尼僧の姿をしていました。

背中に大きな羽が生えていてそれは本当に美しくオーロラ色に輝くのでした。

羽がまるで蝶のような形をしていたので村の人やその隣の町の人々は「チョウチョさん」と呼んでいました。

チョウチョさんは声を持ちません。代わりに右手の人差し指と中指から五色の墨が出るのでそれで紙へ字を書いて人と会話をします。

チョウチョさんの不思議な姿を恐れる人は多く、国の王様から決して祠から出ないように言われていました。

チョウチョさんが言いつけを破ったことは一度もありません。

祠の中から洞窟の丸い入り口を眺めて「春だなァ」とか、「冬が来ましたね」とか、「すっかり秋めいてきたようです」と思っていました。

洞窟の入り口の所は空き地になっていて、冬以外は短い草が生えていました。

小さな虫たちも洞窟の少し中くらいへなら入ってきました。

チョウチョさんの姿があまりに珍しいので、何か、えらい人だと信じて村の人やその隣の町の人の幾人かは困りごとがあると相談に来ました。

チョウチョさんはあまりない、姿をしてはいますが実際一度も外に出たことがないのでわからないことの方が多く、けれどもそれだけが自分に出来る唯一の人の役に立てるおつとめだと思っておりましたので、困っている人と一生懸命に色々考えて相談に乗っていました。相談に来た人はみんな、何かチョウチョさんへ贈り物を置いていきました。

チョウチョさんは竪琴を引くのが大好きです。

一度手にすると中々手放さず、飽きもせずに幾日も幾日も眠るのも忘れて弾いていました。

腕前はとても下手で聞くに堪えないものでしたが、それでもチョウチョさんは竪琴が大好きでした。チョウチョさんが竪琴を弾いているときは誰もが気を使って、相談に来ませんでいた。

チョウチョさんは眠る時仰向けに眠ると羽がくしゃくしゃになって背中がむずむずするので、いつもうつ伏せに寝ています。

ふかふかの布団の中でぼんやりしているとたまに、言葉にならない自分の内なる声のようなものにいても立ってもいられず、祠を飛び出しそうになるときがありました。

息をするのも窮屈でぜいぜい仰向けになって、背中の羽がくしゃくしゃなのも気になりません。布団をはねのけ今にも飛び出すぞ、という時には、声をかけた覚えもないのにいつも友達が来てくれました。

キジと、白い鳥の夫婦です。

チョウチョさんの指先の五色の墨が出ている所が赤くなっているのを見て、キジが自分の飾り羽で作ったペンをくれました。あんまり毎日紙に字を書くので人差し指と中指が腫れていたのです。それから小さな欠けた平たいお皿をくれました。

「ここへ墨を出してこのペンで書くといい。」

白い鳥の夫婦の奥さんの方が山ほど紙をくれました。チョウチョさんの持ってるいのよりきめが細かくなめらかで分厚く、真っ白な紙です。

「これなら書きやすいだろ?」

それから四人は果物を搾って煮詰めた飲み物を飲んだりしながら、チョウチョさんは竪琴を弾いてキジは踊って白い鳥の夫婦は歌を歌って、四人はあくる日のお昼ごろまでそうして遊んでいました。キジと白い鳥の夫婦が帰ってしまうとすぐに相談に人が来て一日中人が途切れることなく夜になり、ぐったり疲れたチョウチョさんはばったりと眠ってしまうのでした。

チョウチョさんの毎日はそうして過ぎてゆき、何度も何度も季節はめぐりました。

チョウチョさんは随分と長いことこの祠にいるのですが、実は、自分がどこから来ていつからここへいるのか分かりませんでした。

星の楽士になれなかった、チョウチョさんのお話です。


花ケモノ

花のようにわらっては ケモノのように命を繰り返す

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