「快男子」

いつか自分が、ありとあらゆる俺より外の世界から、自分よりも確かに信じていられるものにこれ以上出会えることが出来なくなる時が来て、ある時ふいにそれを俺自身の内面にしか求められなくなるんだろうと、気がついたことがあった。自分の中にある確かな俺だけのものを守らなければならないと思った。それはいつでも他者やあらゆる俺以外の全てから、そして俺自身から隔てられているものだった。言葉に言い換えるとすれば、例えば幾年か前の自分の肉体やハートのようなものを見たとしても、いつでも俺はそれに立ち入ることが出来ない、各自たる自分よりも確かなもの、いわゆるより所というやつかもしれないな。初めてマナに会った時の事を覚えてる。今考えるとただの軽い脱水症状か熱射病だったんだけど、妙に視界に斜がかかっていろんなものがぼんやり見えた。あの年の夏はすごく日差しが強くて、全部が鮮明に見えて同時に、ずいぶん短い間に俺はいろんな人のいやな部分を垣間見ることが多かった。ふいにマナが小走りになった。俺はなんとなく歩幅を広げて少し後ろからついて歩いた。もうすぐ夕方で、だけど日はまだ少し高い所へあって、前日の雨が草から立ち上ったのが、昔家族で行った田舎の景色を思い出させた。俺はマナを見た。調度斜陽を見てたのか、横顔が見えた。あの瞳を忘れようにも出来なくて、俺はずいぶんマナや父さんや兄弟たちや、いろんな人へ見たくも無いだろう醜態やボロボロの自分を晒したのだ。たぶん、まつ毛の影が瞳へ落ちていて、目全体がうす黒くかげったのを、斜陽が反射させて、視界に斜がかかったのが拍車をかけたのだろう、そんな説明のつけられないようなものを見たのだと、俺はずっと信じてやまなかった。マナがすぐに顔を正面へ戻した時もあの目は、ゆっくりと、大気に気流をつくりながら、ゆったりと雲をはきだすように俺の視界から去って行った。今まであんなに美しいものをそれも人間に見たことがなかった。やさしい色をして、風を吹きつけたらぺしゃんこになってしまいそうな球体だった。そしてあらゆるものに俺はそれを垣間見るようになった。けれどすべての植物や天体や動物や無機物、人や建物は俺が思うすべてではなく、思った以上に足らなくて何よりも残酷だった。ある時すべてが俺を必要としなくなって、すべてが俺には必要でなかった。何からも切り離されて、隔てられていたかった。存分に人と交差して色々なものを飲み下しはき出して、俺はすべてからかけ離れようとした。

「おれが思うにさ、べつになんだって良いんだけどね、このへんなよくわかんないおやつでも良いんだよ。おやつでなくったって良い。中身はなんでも良いんだ。両端がねじねじになってる包みに入ったこのたべもの。なんでこれで例えるかっていうと、これは大分ねじねじしててややっこしいから。つまりおれもおまえもずいぶんなひねくれ者だってこと。このねじねじの両端のかたっぽずつに、おれとおまえがいるとする。真ん中のこのなんだかよくわかんないおそらくたべものであろうこれにありつくにはどうしようかと考えたんだよ。このねじねじをほどけないように、慎重に歩いて行って、真ん中のたぶんたべものであろうこれにありつきたい。とおもってね。おれはたべたい。おまえがもし、途中でおもいっきりこのねじねじを引っ張ったとする。そいでおれの方のねじねじがほどけてまっすぐになったとする。真ん中のたべものは、ぽーんって飛んでくかぽろんと落ちちゃうんじゃないかな。そいでこのまんなかのこれは、おれにとっては生命の源であったりする。栄養素で言う所のタンパク質だ。おまえがこれを、たべなくても良いっていうんなら、これはもういらないね。」

かけ離れようとする度、何かに向かって近づいていくような気がする時がある。俺があの日見たあのやさしくてぺしゃんこになってしまいそうなものは、いつか自分を俺みたいないやなボロボロのかたまりに変えてしまいやしないだろうか。もしかして、あれはもうとっくの昔に俺が失くしてしまって、俺の中だけでやさしい色をし続けてるだけじゃないだろうか。かたくなに消えない強さだけを増しながら。

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