「ハナとの再会」

「驚いたな。本当にお前だ。あれから幾年経った?噂は本当だったのだな。しかしどうしてこんな所へ居る。」ハナは織り機へ一度杼をすべらせてから王を見た。昔なじみのあの子供はハナの姉を妃へめとり、一国の王になっていた。杼をすべらせた音がハナの鋭い目のように耳を裂くように響いた。「あれを失くした。手前の山中で死にかけていたらここの和尚へ拾われたのだ。」ハナの目は焼け爛れた獣のようないじましさと、否が応にも聞き分けのない童子のような聡明さを秘めていた。「そう睨むなよ。何だ。俺たちはお前は逃げたのだと思っていたんだ。本当にあの幻を追いかけていなくなったのか。よく覚えている。あれは夏の避暑の時だった。夜沼地へ蛍を見に行ったままお前はいなくなって、竹やぶの中へ切り捨てられた髪が落ちていたので、逃げた途中で山賊にやられたと思っていたのだ。お前の姉君は、」「姉上の名前を口にするな。お前を殺すかもしれん。おれはしばらく、おとなしく自身を落ち着けていたのだ。何年もかかって、おれは自身の身の内へあるものを少しずつ首を絞めるように、だれの手もかりずに、殺めてきたのだ。あれを失くしたのは本当だが、信じている。今でもだ。」「人が憎いか、ハナ。昔からお前に聞いてみたかった事だ。」王は一息もつかずにハナの目を、鷹がいやしい小動物を抑えるように見つめてそういった。そういう目つきを、覚えたのは近頃で、気がつくと日常的にそうやって人を見やるようになっていた。ハナは又、杼を渡してそれを足踏みで整え、少し虚空を見つめていた。視線の先には、今しがたまでに織りあがったおそらく絹でしつらえたのであろう、織り機へ据え付けられた錦があった。「お前の、奥方の肌へ触れるようなものを、憎しみに満ちた人身の手が、作るのか。まるで引き裂けとでも言わんばかりだ。それでは織るのと正反対ではないか。」ハナは少し顔を傾けて視線を王へ戻した。「けだもののような目をしているだろう。鏡など見なくても分かる。だが人としての一線を越えたことはない。人間の屍へ別れを惜しむふりをして、耳飾や首飾りをくすねるようなマネはしていない。今までそれを己が命と引き換えに命ぜられた事が無いのは幸いだな。」王はハナを見つめた。「金襴で飾られた箱へうやうやしく入ったそれらが、己の手へ渡されて、ある時出自を知らされる事が無かったのもお前にとっては幸いといえよう。」ハナは又、虚空を見つめていた。「未だ錦は美しい。あれはすべてを思わせる。夜半、眠っていると床を拳で叩き付けている事がある。あの春霞、朝やけのまぶしさの中へあれを見た。鼓の音がして、おれは歩みを進める。もう何にも慈しみを覚えることはないだろうと思っていた。あれを失くしてからは。しかし、あのまぶしくあたたかなものは又、おれの元へかえってくるなり、新たに芽吹くだろう。その時、同等の哀切や目を向けたくないような己の内面と共に。それから逃げてまわって本当にわずかずつ、おれはしてやったと思ったのに、あれも同時に失くしたのだ。おれはいつまでも花鳥風月で言うところの、花を見ているのだろうか。錦にさえ垣間見る。バカは変わらずだな。お前はきっともう月の終わりの頃の境地なのではないか?その先には石があると聞いた。それともお前は何を見ている?他所の町へ行ったら、若い者がこの国は平穏で退屈だと言っていた。けれどおれはここは美しいと思う。理由は分からん。」相も変わらず童子のような口をきく。お前の事など俺にはさっぱり分からんがお前にも俺の事は分かるはずもないな。お前は又、うれしそうに笑うだろう。ハナはやはり、小さな声をたてて笑った。王ははばからずここへ来た事を寺の者へ詫びて帰って行った。ハナは織り機へ渡した幾本もの糸を見つめて一人つぶいた。「そら、帰ってきたぞ。やはりお前はおれの花だな。にくたらしいやつめ。今はうす曇の晴れ間の色をしてる。」寺中に織り機の音が響き渡った。

あれから幾日かして妃の元へひとつの包みが届いた。従者の者が渡すので受け取ってはみたものの、言伝もなしに渡されたので恐ろしく、どうしようかと迷った末に、封をといた。自分の肩幅ほどの長さの錦であった。文のひとつも入っていなかったので、何事かと思い、よく日のあたる所へ持って行ってまじまじと見つめ、ハッとした。

「ハナ、」

小さくつぶやくように妃は言い、そこへそのまま座り込んで錦を手のひら、手の甲でよくなでつけてもう一度ハナの名を呼んだ。

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